ナイトダイバー
あてもなく
キラキラした景色を眺めていたら
言葉があふれ出したので。
唐突に、小話です。
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ナイトダイバー
その、差し出した手を、
つよく握りしめたその力を、
夢みたいに眺めていた。
「…寝れないなあ」
何度目かわからない寝返りをうつ。
少なくとも5回までは覚えているけれど、その後は数えることをやめてしまった。
サイレンの音が近づき、遠のいていく。こんな夜半に、誰かが苦しいと訴えている。誰だろう、私の知らない誰かなのか。
凪沙さんは、すぐ人のことを気にするから。
喫茶店で、柚月が呟いたことを思い出す。
眼鏡の奥から、優しく、射抜くような眼差しで静かに刺された痛み。なぎささん、と、確かめるような声にぞわりと背筋が凍った。のに、それは後から甘く響く。
ばかやろう、道端で人が苦しんでたら見過ごすのか、と、わたしは絞り出すように返した。甘いケーキが喉の奥に張り付いたまま。
柚月は、コーヒーを飲み干して、私をじっと見つめる。そういうことじゃないけど、凪沙さん、いつか身を滅ぼしますよ。と、息を吐く。
なんと言うのが正しいかもわからなくて、視線を逃した。都会のネオンをどことなく見下ろしたら、人なんてまったく見えもしなかった。
誰かがああやって見下ろす下界に私は息をしていて、その人から見たちっぽけな私は、「自分の知らない誰か」なのだ。
その人に、気にかけてもらいたいと思うだろうか、私は。きっと思わない。
手のひらで数えられるほどの大事な人だけに、気にかけてもらえたら、それでいい。
それでいい。
闇夜の中に、柚月がうっすらと囁いた、気がした。
いつしか、交わした握手を思い出す。差し出される手に触れた瞬間の、思いがけない力強さに、いっそこのまま連れ去ってほしいと確かに願った。私は。
叶うわけない、でも、叶うだろうか。
携帯に手を伸ばす。交換した連絡先をタップして、通話ボタンの手前まで指が動いて、それから、
それから、
「 」
私の見えない、はるか高い空の中を、一筋の星が流れ落ちていった。